ナイルのHRBPが果たす役割。目指すは「事業成長に向かうエネルギーの最大化」
2021年から、ナイルの人事本部ではHRBP体制を導入しています。HRBP(HRビジネスパートナ)とは、“事業・機能部門のトップといった経営幹部に対して、組織・人事課題の相談や解決策の提案をするとともに、事業や機能部門の現場における人事課題解決策の実行の推進役を担う”(引用:デロイトトーマツ)ポジションのこと。
ナイルにおけるHRBPは、人事本部から各事業部に出向し、事業責任者直轄で事業の抱える人事イシューを解決するのが役目です。経営とマネージャー、採用と事業現場などをつなぐ”組織のハブ“として、事業成長に通じる組織課題の解決を推進していきます。
今回は、ナイルの取締役/人事責任者の土居健太郎に、HRBP体制に移行することになった背景や現在の取り組み、さらに今後行っていきたい組織づくりについて、話を聞きました。
目次
人事は「事業の意思決定のその先の結果」までは引き受けられない
――2021年からスタートしたHRBP体制は、それまでの人事体制とどのように異なるのか教えてください。
2020年末までは、人事本部から採用や人材開発、評価制度、育成などを各事業部に対してサービス提供していました。そこから、人事本部に「HRBPチーム」を新設して、人事本部からの出向という形で各事業部にコミットし、事業責任者直轄の機能にしています。
――いつ頃からこの体制変更について考えていたのですか。
1年前くらいから考えていました。
この1年で人事本部の組織開発体制が整ってきて、例えばメンバーのキャリア相談への対応をきっかけに、他部署への異動アシストにつながるなど、人事の動きが事業部での有効な意思決定に紐付く事例が増えてきたんです。それで、この流れをもっと強めていきたいと思ったのがきっかけですね。
――これまでも、さまざまな人事施策によってマネジメントスコアや社員定着率が改善するなど、体制としてうまく回っていなかったわけではないと思います。そこをあえて体制変更を決定したのはなぜでしょうか。
人事は事業に対して責任を負えないからです。というよりは、「事業における意思決定の、その先にある結果に対して責任を負えない」という表現が正しいですね。
例えば、人事側が「あの人をマネージャーに昇格させるべき 」と提案をした場合、その人が実際にマネージャーになってうまくいったかどうかは、事業責任者がうまくアサインできたのか、サポートできていたのかといったことによっても結果が変わります。
また、仮にうまくいかなかったときに、推薦した人事担当者が「私が責任をとって、代わりにマネージャーを引き受けます」というわけにもいきませんし、事業進捗のビハインドを肩代わりすることもできません。
それが 「マネージャーに昇格させるべきか否か」の意思決定の先にある結果に人事は責任を持てない、ということ。 意思決定の先にある結末を引き受ける 事業部側がジャッジし、責任を負っていなければならない ――これが権限責任一致の原則です。
極論、「自分たちの責任でやっていいよ」といわれれば「人事が責任を持ちます」といえるのですが、「じゃあどうやって責任を持つの?」といわれると、人事の立場として歯がゆいところではあります。立場や立ち位置によって責任や権限に限界があるので、もっと人事が事業部の組織づくりに入り込める形にする必要があると思ったのが、HRBP体制移行を決めた理由です。
――HRBP体制への移行にあたって、具体的にどのような課題解決を目的にしていましたか。
解決したかったのは、コミュニケーション経路が多いわりに、単なる情報提供で終始しがちだったことと、部署内の人事イシューに関する責任者が曖昧で、改善命令も出しづらいことの2つでした。
個々の悩みを解消するだけでなく、事業の推進力を上げる取り組みを
誰にでも大なり小なり課題はあるので、人の数だけ組織課題も増えます。事業部とコミュニケーションをとる機会が増えたこと 、例えば「上層部 の人間関係がうまくいっていない」「目標の立て方がうまくいっていない」などの情報をキャッチできるようになったし、テコ入れしないとまずいなと思ったものはレポートできるようになりました。
ただ、以前の体制だと、人事がやたら出しゃばってくるわりに、情報を集めて提供する情報屋みたいな動きに終始して、事業成長や組織拡大に大して貢献ができていなかったんです。そのままだと、細かい課題解決をモグラ叩き的にやってしまうことになりかねないと感じていました。
本来は、個人の悩みを解消 することもよりも、事業の推進力をどうやって上げるかを考えて、インパクトの大きいところに人事施策を打ち、事業成長に向かうベクトルを強めていきたいんです。
もちろん、メンバーの悩みをキャッチして個別にサポート できるようになったのは良かった点ではあるので、そこをもっと事業の推進力を上げることに人事リソースを集中させていきたかったというのがあります。
マネージャーの負担をカバーし、いっそう事業に入り込めるように
マネジメントや育成がうまくいっていない場合、一般的な会社であれば、メンバーの育成はマネージャーの責任、マネージャーのマネジメントは部長の責任となります。一方、ナイルのようなベンチャー企業の場合は、そもそも正解がなかったり、正解だった勝ちパターンが変わってきたりすることが圧倒的に起きやすいもの。
そのため、 メンバーからの「これはどうするのが正解ですか?」という問いに対して、マネージャー自身も解 を持っていないとことが普通に起こります。
正解がわかっていて、正解となるやり方があって、その通りにみんなが遂行すれば成果が出るとわかっているなら、マネージャーにそこまでやってもらうのが普通だと思います。しかし、そうではない中で、メンバーの育成やフィードバックを行い、目標を決めて個々の評価をし、事業の中で成果を出す。さらに事業部長や経営に対して説明責任を持つ――こういったことをすべてマネージャーの責任にするのは、さすがに負担が大きすぎるでしょう。これら全てをまっとうできなければマネージャーはできない、となってしまうと、積極的な抜擢人事ができなくなってしまい、組織が停滞してしまいます。
そのため、人や組織に関わる課題をマネージャー以外がカバーできる機能や仕組みが必要だと考えて、ナイルの場合はHRBPがその機能を補うことにしました。ストレートにいうと、人事担当者がもっと事業にグイっと入っていける体制を作りたかったんですよね。
メンバーに100%の能力を発揮してほしい
――HRBP体制を経営会議で提案したときの反応はどうでしたか。
「困っていたのでぜひやってほしい」「そういうポジションは欲しい、むしろもっと早くやってほしかった」といった意見もあれば、「事業部が進めている取り組みとバッティングするところがありそうだから、人事と事業部の運営の線引きをちゃんとやってほしい」と一部牽制する声も出てきました。でもこれは想定内でしたね。
HRBP体制にするにあたっては、HRBPに必要以上の決定権を持たせていません。先述の通り、事業部の意思決定の先にある結果に責任を負えないので、HRBPに決定権を持たせるのであれば、事業責任者から権限移譲した上で進めることしています。
経営会議で提案した際の権限責任範囲の棲み分け(一部抜粋)
――そうなると、事業部内におけるHRBPの権限範囲はどこにあるのでしょう。
経営層とマネージャー、採用と事業現場をつなぐ、組織のハブ役となることに権限を集中させています。
例えば、
- 組織課題に関する必要な情報を集めてくる
- 事業責任者に伝わるように課題感を翻訳したり、情報を整理したりして提案する
- 現場や経営の意見と事業方針をすり合わせた上で妥当な着地にもっていく
といった部分に対して責任をもってもらいます。
もちろん、事業責任者から「この領域まではHRBPが決めていい」と権限移譲するのであれば、それはHRBPが引き受けることができます。細かい話のように聞こえるかもしれませんが、権限や責任の範囲を明確にする手間を惜しむと 、人事が事業に対して必要以上の権限を持ってしまうことになり、 事故につながりかねません。
HRBPのように、役割の一部がほかの責任者とオーバーラップするようなポジションを新しく配置する場合、権限範囲や責任の所在などについては特に慎重に扱った上で、複雑化しないようシンプルに設計すべきだと考えています。
――では、HRBPのミッションについて教えていただけますか。
HRBPは、「事業部の組織人事領域におけるあらゆるボトルネックを先回りで解消し、事業成長に向かうエネルギーを最大化する」をミッションとして掲げています。
経営や事業にとって、「組織」はめちゃくちゃ大きなインパクトや可能性を持っているもの。そのため、HRBPは組織領域における問題を解消して、メンバーが100%のパフォーマンスを出せる環境を作り、事業成長の推進力を上げなければなりません。
人事における組織開発としては、100の力を300にしたいのではなく、100持っている人に限りなく100に近い力を事業において発揮してほしいんです。個人が持っているパワーが100だったとして、人材開発や組織開発によってそれが300とか500になるかというとそうではありません。本来100持っている人が20〜30しかパワーが出せていない場合、できる限り100に近いパフォーマンスを出せる状態にするのが組織開発の役割だと考えています。
得意な仕事に集中できていない、相性の良くない人と仕事をしてお互いに足を引っ張っているなど、マネジメント不備やコミュニケーション不足、情報が行き渡っていないといった要因によって、本来100持っている力を出せていない――これは多くの人に心当たりがあるはず。
組織にボトルネックがあって、チームのパフォーマンスを出しきれない、個人がエネルギーを出しきれない。これを取り除くだけで、みんなが持つバリューをもっと発揮できるでしょう。
ナイルのメンバーはみんな真面目で仕事熱心ですし、個々人のポテンシャルは高いと信じているのですが、組織のポテンシャルに対してはまだまだ満足のいくパフォーマンスを出し切れていないと考えています。ナイルの優秀なメンバーには、その力を存分に発揮してほしいですね。
事業部の組織課題に対してエネルギーを注げる人が必要
――現在、HRBPは具体的にどんなことに取り組んでいるんですか。
各事業部の戦略、目標進捗、組織に関するすべての会議に参加して、責任者やマネージャーと常にコミュニケーションとっています。
個別の課題把握とレポーティングをし、事業として解決したい課題となる事業上の経営オーダーを受けて、「重要度も緊急度も高い課題 」「緊急度は低いけど重要度は高い課題」 の解消を中心に取り組んでいます。
もうひとつは、HRBP全員で週2時間、課題に対する打ち手の壁打ちやフィードバック、ノウハウ提供を情報連携し、週次での事業MTGにレポーティングすること。「自分たちが事業責任者だったらどうする?」という視座感で考え、一番優先度が高いところ、一番レバレッジが効きそうなところにフォーカスして手を打っています。
――HRBP体制に移行してみて、いかがですか。
始まって1ヵ月程度は各事業部内でのキャッチアップに時間を要したので、本格的に稼働をスタートしたのは2月からです。なので、まだまだこれからといったところですが、理想は、中長期の課題に対して人事・事業部・経営層が連携して、人材育成やカルチャー醸成に投資していくこと。
今は目先の事業や組織成長に向けた課題に対応して、メンバーやマネージャーをしっかりサポートしていくことが優先ですね。
――給与と評価や1on1ガイドライン、採用選考プロセスなどの記事を読んでくれた方から、「ナイルは組織づくりがしっかりしていると思うのですが、あえて今人事を採用する必要あるんですか」といった質問をもらうこともあります。
うーん、そう見えるのかな。「入社してもらえればわかるので、ぜひ」といいたいですね(笑)。
組織の課題って、掘れば掘るほど出てくるし、やればやるほど無限にやることが出てきます。今、HRBPを採用しているのは、リソースとして欲しいというよりも、事業部の組織課題に対してエネルギーを注げる人が必要というのが大きいです。
片手間でやれるような役割ではないので、あえて今このタイミングでHRBPの採用を強化しています。
――組織づくりというと「ゼロイチからプランニングしたいけど、ナイルの場合は形があるからあとはやるだけでしょ?」といった印象を抱くこともあると思うのですが、そこらへんはいかがでしょうか。
組織づくりでやっているのは、事業成長に向かうエネルギーを最大化させるために、重要な組織課題を洗い出してプランニングし、経営層やマネージャーなど関係者を巻き込みながら対応していくこと。まずは、課題への対処ではなく“予防”ができるようにしていきたいですね。
その先にあるのが、強い人材を採用したり、チーム全体の組織力をより強固にしたりしていくこと。立ち上げフェーズだから、運用フェーズだからという話ではないし、運用フェーズだったらルーティン業務がメインになるといった話でもありません。組織の課題解決に向けて上流から下流まで担っていくのが人事の役割です。
人を通じて組織を強くする、組織を通じて事業を強くする、といたところに強いモチベーションを感じていて、HRBPのミッションに共感できる人といっしょに組織づくりをしていきたいですね。
※本記事は2021年4月2日に公開しており、記載情報は現在と異なる場合がございます。